書籍・雑誌

2017年8月 1日 (火)

El Universal インタビューTAKAKO編ー

さて私へのインタビュー記事を日本語訳しました。目を通してみて下さいね。

昨日投稿したマンサネーロさんへのインタビューは勿論面会してのインタビュー。私はどうやって? と思われるでしょうね。

何と便利な世の中に。電話でも良いのですが実はメールで質問事項を書いて頂き、それに応えて返信しました。 記者さんのシンシアさんは女性で日本が大好き。何と日本語で挨拶して下さって、翻訳機能を使って書いたのかな・・・?と思っていました。 しかし何と日本語を勉強したようです。素晴らしいですね~。

でも日本語での質問よりスペイン語の方が私も気持ちを書きやすいのでスペイン語でのインタビューとなりました。


この写真はManzaneroと私を繋げてくれたメキシコ在住の舞踊家で友達の川辺民子さん。

有難う!!

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ではその訳文を下に投稿します。

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エル ユニバーサル社インタビュー 

 

TAKAKOメキシコへの旅」

 

日本でマンサネーロ氏のピアノ伴奏で歌って以来メキシコでの再会が叶う。マンサネーロ氏、マイアミ在住の息子ファンパブロさん、娘さん、マネージャーの川辺民子さんと高級和食レストラン・サントリーにて。(写真)


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日本のラテン歌手「TAKAKO」はマンサネーロの歌の世界に魅せられていた。

その中でも特に「ADORO」は特別な歌だった。アルゼンチンの歌手グラシエラスサーナが歌い日本で大ヒットしていた。


ユニバーサル紙のインタビューでそう答えている。(後にマンサネーロ氏からこの歌が生まれたエピソードを聞き、さらにこの歌の継承者になる事を誓う)

 

1984 TAKAKOは(亡夫)ファンカバディ―ジャとメキシコでオリジナルのグループを創りメキシコを拠点に活動していた。

 

帰国後、この偉大な作曲家とは日本で知り合い共演する事になる。YAMAHA主催のコンサートで当時マンサネーロのマネージャーをしていた友人とYAMAHAとの熱望によりそれが実現した。

 

その時にマンサネーロが伴奏したのが「ADOROアドロ」「ESTRELLITAエストレジータ」だった。その時にマンサネーロ氏は彼の楽曲をTAKAKOに教え、歌い続けて欲しいと考える。


昨年(H28)の訪墨では帰国日程の都合により共演は叶わなかったがその時に再度の共演を約束。

 

昨年発足した「LATINO LOCOラティーノロコ」のサイトにこの作曲家からの祝福ビデオメッセージが届いている。

 

TAKAKO「マンサネーロ氏との日本でのコンサートツアー実現と共演が出来る日を待ち望んでいる」  それに対して彼は敬意をもってこう答えた。

 

MANZANERO「日本からのツアーの要望が有れば、精一杯心を込め素晴らしいコンサートをお届けします。」

 

文 2017年730日 シンシア タラベラ メキシコシティ



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2017年7月31日 (月)

El Universal ユニバーサル  マンサネーロインタビュー

El Universal インタビュー Armando Manzanero


「知ってますか? 日本でマンサネーロがどれだけ愛されてるか」

 マンサネーロ氏はいつも最初に日本へ行った時の事を思い出す。1970年の事。その国ではどこへ行っても彼の作った「アドロ」が流れていた。

 20回以上にも渡る日本への旅はどこへ行っても美しい場所だった。東京、名古屋、京都、札幌、箱根・・・。

 自分の生まれた街、メリダから11,000Kmも離れた遠い国へどうやって届いたのだろう。この作曲家もそれを思い出していた。

 

ある日、日本からデュオを組んでいた二人がメキシコへ来た。中南米のフォルクローレやメキシコの歌を歌っていた「マリキータとジロー」だった。RCAビクターの社長から彼らのレコーディングを協力するように言われ空港へ迎えに行った。当然、スペイン語も話せると思って居たら日本語しか話せなかった。

 

しかしこの出会いが長年の付き合いの始まりとなり、日本との絆が魔法の様に繋がった瞬間だった。

 半年程かけてYAMAHAとの日本公演の話が進みYAMAHAフェスティバルの出演で最初の来日が実現した。最初に見た日本は彼の国メキシコとは大きく違い驚きの連続だった。

 

「日本はとても特別な国。教養があり礼儀正しい。踊る事も好きだし、音楽がとても好き。」

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回の日本ツアーで来日をしているが、彼は「仕事で来るよりは日本では休み、旅を楽しみたい。」と語る。実際桜をこよなく愛する彼は、プライベートで何度も桜の季節に来日している。

 

最後の方のツアーの来日で最も印象に残るミュージシャン達に出会った。

それはとても素晴らしい想い出となって今でも胸に残っている。

 日本のあるオーケストラと共演した。

サルサしか演奏しない。歌わない。「オルケスタ   ルス」だった。

 

彼等を知り、何かまだやり残しているとも考えるようになった。

メキシコのオーケストラを結成して日本へ行かなくては。有名なラテンオーケストラ「ペレスプラード」のような。自分の曲だけでなくメキシコの多くの曲を演奏する為に。

そうしていれば今でもメキシコの歌は日本各地で生き続けていたに違いない。

 

記者「あなたにとって心の中にある日本とは?」

 

マンサネーロ「間違いなく一番素晴らしく一番重要な国」

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2016年3月22日 (火)

Mi Amiga Gorasol Huerta 私の友達 ヒラソル ウエルタ

カテゴリー 書籍雑誌。  んん・・・ これってブログ始めて初めてですね。(笑)

今朝ちょっと重たい内容の更新だったので寝る前に目の保養をどうぞ。

私のフェイスブックにある雑誌が。
えっ この人何処かで見たことあるわ。

えっ?? まさか??

目を見はりました。

日本ツアーで一緒に旅してまわってたメキシコの歌手。ヒラソルウエルタ。

なんとコスモポリタンの表紙を飾ってました。 これから発売されるのだとか・・・。

きっとアメリカなんだろうな。英語だし。

メキシコシティーに住んでいたのですが、今はアメリカに住み大活躍してます。
いつでも遊びに来るように言われているので必ず行きたい!!

でも前のヒラソルと大分様子が変わってきてるぞ。

前も凄いスターでしたが、今は本拠地アメリカですから。

凄い事になってます。 何だか凄く嬉しい!!

会って沢山積もる話をしたい。 まずはこの表紙。

「おめでとう」メッセージ送りました。

Girasol

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2015年6月10日 (水)

IRVING KOJI イルヴィンコージ

HOLA AMIGO

本日ついに関東も梅雨入りしましたね~。

今日は1日湿気が多く、ジメジメしてました。

そんな中辻堂の妹の家に行ったり、

1日ブラブラしました。

夕方帰る時、反対側の電車嫌に電車混んでるな~って思いながら、スマホで ヤフーニュース見てビックリ!!何と京浜東北線の鶴見駅近くて変なおっさんが包丁振り回したと・・・。私が東海道線に乗って川崎へ向かって居る頃です。

乗客の皆さん電車降りて線路に避難したって。なんとも嫌な世の中になったもんです・・・。

ちょっとした事ですぐに切れて狂っちゃう人が多くなりましたね。我慢強い所が日本人の良い所だとず~っと思って居ましたが。 

それも70過ぎたいいおじーさんですよ。 やらかしたの。 これでは怖くて道路歩けませんね。

嫌な気分で家に帰って一息ついてフェイスブック開いて・・・。

ん??息子が?? えっ?? 大きく乗ってるじゃない?!

へ~。何時の間にこんなインタビューしてきたんだろ。

しかも私んちのレッスン室でも写真撮ってるし。私何にも知らないね。(笑) 嬉しいな~。

PROSPECTO JAPANさま。

どうも有難う御座います。

  母より・・・。m(__)m 

良かったらクリックしてみて・・・ください。

http://www.prospectjapan.co.jp/KOBETSU/GB150002/kawasakist/1.html

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